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オーディション番組

 投稿者:SATOSHIN  投稿日:2013年 1月29日(火)22時57分5秒
  とろりん村のとろり様

キャッツ・アイのLPをお持ちなんですね。
希少価値がありそうですね。

今はアイドルグループ乱立時代ですね。
それゆえソロ・アイドルがなかなか出てきませんね。
「スタ誕」や「君こそスターだ」みたいな番組が懐かしいです。
あと演歌系で「全日本歌謡選手権」なんてのもありましたね。
アメリカではオーディション番組が人気なので日本でも復活して欲しいですよね。
 

 投稿者:とろりん村のとろりメール  投稿日:2013年 1月24日(木)21時10分20秒
  ☆SATOSHINさま

ソフトクリームは、いい意味でマイナーアイドルの王道を極めたグループだったと思います。

今でも彼女らの曲はよく聴いていますが、いい曲が多いですね。特に遠藤由美子のよく通る、少し無機質なボーカルが
何ともいえません。彼女が「森下由実子」として再デビューしていたことは知りませんでした。

ピンクレディー全盛の頃、確かにギャルやキューピットなどのピンクレディーフォロワーが大量にデビューしました
ね。キャッツ・アイは、その中ではまだメジャーな方でしょう(マイナーなことに変わりはありませんが…)。どうい
うわけか、ぼくはキャッツ・アイの(おそらくは唯一の)LPを持っています^^。
 

まだまだ出てくる

 投稿者:SATOSHIN  投稿日:2013年 1月21日(月)23時04分30秒
  とろりん村のとろりさま

ソフトクリームと言えば遠藤由美子ですね!
後にソロで「なるほど!ザ・ワールド」のエンデインングを歌ってましたね。
「欽ドン」のおまけの子もやってましたね~
90年代に森下由実子に芸名を変えてBeingから再デビューした時は、
最初同一人物だとは気付きませんでした。

「3年B組金八先生」の第1シリーズはクラスのほとんどが見ていましたね。
裏の「太陽にほえろ!」が好きで見ていた同級生がクラスが金八の話題ばかりだったので、
「太陽がほえないで金八がほえろ」なんて言っていました(笑)

そう言えばピンク・レディーがブレイクした後、
ポストピンク・レディーを狙った2人組がけっこう出ましたが、
ことどく失敗しましたね。
その中のキャッツ・アイはピンク・レディーをセクシーにした感じでした。
ちょっと出てくる時代が早すぎたという感じでしょうかね。
 

 投稿者:とろりん村のとろりメール  投稿日:2013年 1月18日(金)23時12分41秒
  ☆SATOSHINさま

>ここも開設から13年目なんですね!
>これからもがんばってください。

ありがとうございますm(__)m。これからも、ぼちぼち頑張って続けていきたいと思います。

ねらわれた少年・今井まことさんは、細かいディテールまで、よく見ておられるなあと感心させられました(今もホー
ムページを運営しておられますが)。たとえば、「ソフトクリーム」のマイクがソフトクリームの形をしていたことと
か、「ヤッパシ…H!」を歌う浅香唯のベルトのバックルが「H」の形だったこととかは、今井まことさんのイラスト
で覚えています。

>私の印象は今でも阿部トシエです(笑)

SATOSHINさんは、「3年B組金八先生」に傾倒しておられたようですね。ぼくは第1シリーズはあまりみておら
ず、よくみていたのは第2シリーズですが、あの名ドラマを生徒たちと同世代の者として、深い共感と思い入れを持っ
てみることができたのは幸運だったと思っています。

つちやかおりは歌も抜群に上手くて、LP「哀愁のオリエント急行」「かおり白書」は未だに愛聴しています。

ぼくの頭にも「記憶固定装置」がついているのか、ぼくにとってのつちやかおりは、いつまでたっても、あの頃のつち
やかおりです^^。
 

いろいろ

 投稿者:SATOSHIN  投稿日:2013年 1月16日(水)22時45分0秒
  wishy-washyさん

坂本恭章って坂本ちゃんの本名だったんですか!
本田恭章からもじってとったペンネームだと思ってました。
オリ通のイラストと言えばよいこのYOUちゃんが印象に残ってますね。
あと「不思議に国のゆうゆ」のロドリゲス高橋氏ですね。


とろりん村のとろりさん

ここも開設から13年目なんですね!
これからもがんばってください。

ねらわれた少年・今井まこと氏は私も覚えています。
上手な絵師はけっこういましたよね~

つちやかおりは確か148cmだったと思います。
今ではフっくん夫人ですものね~
私の印象は今でも阿部トシエです(笑)

横田早苗は確かに松田聖子を意識し過ぎてましたね。
まぁレコード会社がそのセンで売ろうとしてたから仕方ないですけど。
でももう少し売れてもよかった気がします。
 

 投稿者:とろりん村のとろりメール  投稿日:2013年 1月16日(水)00時48分16秒
  ☆みなさま

おかげさまで、「モナ・ムール!歌謡ポップス」の開設から13年目を迎えることができました。
今後とも、何とぞよろしくお願いいたしますm(__)m。

☆wishy-washyさま

ぼくがオリコン・ウィークリーを読み始めた80年代後半には、「坂本ちゃん」さんは、あまり投稿なさっていなかっ
たように思います。

ぼくにとって「オリコン通信」のイラスト投稿で印象に残っているのは、「ねらわれた少年・今井まこと」さんです
ね。あの繊細なタッチとアイドル観察眼の鋭さに、大いに感銘を受けた記憶があります。

☆SATOSHINさま

>水野きみこはすごく小さかったです。
>バックの小学生と変わらないくらい・・・(それは言いすぎか?!)

水野きみこの公称身長は、当時、152cmでしたから、小柄な部類だろうと思います。SATOSHINさんの「バッ
クの小学生と変わらないくらい」は、必ずしも言い過ぎではないかもしれません。

参考までに、「夢みるアニー」(水野きみこ)の動画をアップロードしてみました。いやー、微妙ですね^^。

我妻佳代、酒井法子と握手会で握手してもらったことがあるのですが、目の前に立ってみると、両者ともすごく小柄で
びっくりした経験があります。ちなみに80年代アイドルで最も小柄だったのは、つちやかおりでしょう。噂による
と、当時の彼女の身長は150cm未満だったらしいです。

横田早苗ですか。そういえば、宣伝が大がかりでしたね。ぼくも、彼女のLP「Summer Breeze」を買って聴いていま
した^^。当時は「不安タジー・ナイト」のビデオまで作られていたようで、こうそくひれん1号さんから送っていただ
いたビデオのキャプチャー画像(スライドショー形式)「キャプチャー画像集」から転載してみました。何といいま
すか、松田聖子を意識し過ぎかな?と思います。
 

そういえば

 投稿者:wishy-washy  投稿日:2013年 1月14日(月)23時25分3秒
   オリ通で思い出したんですが、あの「坂本ちゃん」もオリ通のイラストコーナーの常連でしたねぇ(83~84年頃だったかな)。オリ通での活動時期がちょうど私とかぶっていた関係で、上手なアイドルのイラストを良く覚えてます。ちなみに掲載時の名前は本名(坂本恭章)でした。  

話はつきませんね

 投稿者:SATOSHIN  投稿日:2013年 1月14日(月)23時21分40秒
  とろりん村のとろりさま

70年代のアイドルでキャラが明確だったのあと浅田美代子=隣のお嬢さんもありますね。

久留米弁で話す松田聖子の動画ありがとうございました。
なんか聖子が話す久留米弁ってかわいいんですよね~

とろりさんは京都のご出身なんですね。
水野きみこはすごく小さかったです。
バックの小学生と変わらないくらい・・・(それは言いすぎか?!)

CBSソニーがポスト松田聖子と売り出そうとした横田早苗も商業的にはダメでしたね。
デビュー曲の「不安タジーナイト」はけっこういい曲だと思ったんですけどね。
当時のオリコンの表紙も飾ったし大々的に広告も出ていたのに、
100位以内にも入れませんでした。

「歌が心にひっかかる」ですか、なるほど確かにそういう歌声はあるかもしれませんね。
大御所ミュージシャンの方でもそういう方いらっしゃいますもんね^^
 

 投稿者:とろりん村のとろりメール  投稿日:2013年 1月13日(日)03時22分26秒
  ☆SATOSHINさま

70年代初頭のアイドルは、ほんの子供だったぼくからみてもキャラクターが明確でしたね。

天地真理=白雪姫、南沙織=アメリカナイズされた異国情緒あるお姉さん、麻丘めぐみ=お姫様、アグネス・チャン=清楚な妖精

こんな感じでしょうか。

フィンガー5のアキラがかけていた、あの大きなサングラスは誰の影響なのでしょうか?時代からみて、ミッシェル・
ポルナレフかなと思ったりもするのですが、未だに謎です。

>私は小学校の頃まで久留米に住んでました。
>仲のよかった友達が松田聖子が卒業した中学に通っていました。
>それでその友達の弟くんが聖子ちゃんの実家にあがらせてもらい、
>お母さんと写真をとらせてもらったことがありました。

何といいますか、これだけでも羨ましいエビソードですね。SATOSHINさんは久留米の御出身ということですの
で、「久留米弁で話す松田聖子」の動画をアップロードしました。

どうぞ、ご覧ください^^。

「アップルシティ500」は(『ぎんざNOW!』もそうですが)、関東ローカル(TBS)の番組でしたから、社会人にな
るまで京都に住んでいたぼくは視聴することができませんでした。

水野きみこの、あの「あどけなさ」というのは、確かに80年代アイドルの中でも群を抜くものがありました。彼女が
唯一残したアルバム「は・じ・め・ま・し・て」は名盤だと思いますが、シングルだとSATOSHINさんと同じ
く、「夢見るアニー」がいちばん好きです。

島田奈美は、ぼくも大学の学園祭でみました。そのとき、彼女は脚を負傷して膝にひびが入っていたらしいのですが、
それを微塵も感じさせない凛々しい歌唱、プロ意識に大きな感銘を受けたものです。

北岡夢子は声そのものが美しく、なおかつ、しなやかで伸びやかなボーカルが聴いていて爽快でした。東映太秦映画村
で開催された彼女のデビューイベントに行き、生で歌を聴きましたが、実際、歌唱力は抜群でした。「憧憬」、「恋心」
など曲も素晴らしかったのですけれども、あまり売れなかったのが残念です。

ルックスがよくて、歌唱力も抜群であるにもかかわらず、商業的に成功しなかったアイドルは少なからず存在します
が、北岡夢子や伊藤智恵理は、その代表格でしょう。

ぼくが好きなアイドルは、歌唱力があるかどうかで決めることが多いです。「歌唱力がある」というのは、世間でいう
「声量があって、音程が正確で、リズム感があって…」というものではなくて、単純に「歌が心に引っかかるかどう
か」ということです。

なので、たとえば森尾由美のような世間では「歌唱力がある」とはいわれないアイドルでも、「歌が心に引っかかる」
がゆえにお気に入りだったりします^^。

70年代から80年代にかけて、約20年間もアイドルファンを続けていたせいか、話はなかなか尽きませんね…。
 

懐かしい~

 投稿者:SATOSHIN  投稿日:2013年 1月12日(土)22時34分30秒
  とろりん村のとろりさま

「真理ちゃん号」ありましたね~
あの頃はその手の自転車やら色々な商品がありましたね。

アグネス・チャンはみんなよくものまねしてましたね。
男女問わずやっててあ記憶があります。

フィンガー5のアキラにはホント憧れましたね。
小学校の頃は似たような髪形でしたし、
親のサングラスをかけて真似てみたりしてました。

70年代の木之内みどり忘れてました!
「横浜いれぶん」好きだったなぁ~
竹中直人と結婚した時はプチ・ショックでした(笑)

私は小学校の頃まで久留米に住んでました。
仲のよかった友達が松田聖子が卒業した中学に通っていました。
それでその友達の弟くんが聖子ちゃんの実家にあがらせてもらい、
お母さんと写真をとらせてもらったことがありました。

伊藤つかさの曲では「夢見るSeason]が好きですね。
原由子が多分?初めて人に書いた曲ではなかったでしょうか。

水野きみこと言えばアニーのテーマ曲が印象深いです。
当時故小池社長も出演されていた「アップルシティ500」の公開放送を
サンシャインシティに見に行った時に出ていて小さくてかわいいなぁと思ったものです。

島田奈美は大学の学園祭で見たことがあります。
とんねるずの妹役で出ていたのが印象深いです。
北岡夢子はきれな子でしたね。
もっと売れると思っていたんですけどね。
守谷香がXのToshiと結婚していたのにはびっくりしました。

多分まだ抜けてる誰がいると思います(笑)
 

♪追伸

 投稿者:とろりん村のとろりメール  投稿日:2013年 1月12日(土)05時05分26秒
  ☆SATOSHINさま

SATOSHINさんはAXIAのカセットテープを使っておられた(そういえば、斉藤由貴がCMに出ていましたね^^)との
ことですが、ぼくはTDKのカセットテープがお気に入りでして、MA(MA-X)というメタルテープを愛用していました。
ちなみに、カセットデッキはAKAIのGX-73という機種でした。

古き良きアナログの世界ですね。今は記録媒体によって音の個性が変わらないデジタルの時代ですから...。
 

 投稿者:とろりん村のとろりメール  投稿日:2013年 1月12日(土)03時05分56秒
  ☆SATOSHINさま

投稿を大変、興味深く拝読させていただきました。同じ昭和40年生まれということもあり、「なるほど」と思える文
章の連続でした。

ぼくが物心ついた頃のアイドルといえば、天地真理・南沙織・麻丘めぐみ・アグネス・チャン・浅田美代子...などが挙
げられます。中でも、いちばん身近に感じたのは天地真理ですね。あの頃の天地真理ブームというのは一種の「社会的
現象」になっていて、「真理ちゃん号」という子供用の自転車まで走っていたことを、おぼろげながら覚えています。

「真理ちゃんとデイト」という30分番組も、毎週みていました。

フィンガー5。懐かしいですね。自分とさほど年齢が変わらない(4歳年上の)アキラがメインボーカリストとして
堂々と歌っていることが衝撃的でした。名曲「マイ・ロスト・ラブ」(小川みき)を作詞作曲した三枝伸がプロデュー
スしていたこととか、和製ジャクソン5をコンセプトにしていたこととかを知ったのは、ずいぶん後のことです。当時
は、単純に「カッコいい」と思ってみていました。今にしてみれば、もっと評価されてしかるべきグループだと思います。

花の中3トリオでは、SATOSHINさんと同じく、桜田淳子のファンでした。あの明るさ、華やかさ、スター性と
いうのは、天性のものでしょう。

70年代後半のピンクレディー旋風は凄かったですね。ピンクレディーの二人がデザインされた子供用の靴まで売られ
ていましたから(笑)。その後はニューミュージックに興味が移って、70年代は終わりました(伊藤咲子、森まど
か、木之内みどり、金井夕子...といったアイドルも気になってはいましたが)。

80年代を代表するアイドルは、やはり、松田聖子だと思います。当時、愛聴していたTBSラジオの「ザ・ヒットパレ
ード 毎日がベストテン」の「ヤングアイドルベストテン」で流された「裸足の季節」を聴いて、ぼくは、たちまち心
惹かれました。「同郷のよしみ」とおっしゃいますが、SATOSHINさんは、福岡出身なんですか?ぼくの故郷か
らは、三田寛子と山中すみかを輩出したくらいです...。

伊藤つかさの曲では、何といっても「夕暮れ物語」が好きです。「いつの日か わたしの未来に~」のところで視界が
さーっと開けていくような、あのときめきは筆舌に尽くしがたいものがあります。

80年代前半では、松田聖子・柏原よしえ・岩崎良美・石坂智子・堀ちえみ・水野きみこ・桑田靖子・宇沙美ゆかり...
などが好きで、未だにレコードを聴いています^^。

80年代後半のアイドルだと、芳本美代子・島田奈美・我妻佳代・酒井法子・北岡夢子・守谷香に格別な思い入れがあ
りまして。理由は、イベントに参加したからです。ぼくは、どちらかというとレコードを通じてだけアイドルとつきあ
うタイプで、あまりライブやイベントには参加しない方でした。その数少ない例外だからこそ、逆に印象に残っている
というわけです。握手会というのはよく考えられたもので、一度でも握手してもらうと、情が移るんですよね。

仁藤優子は、喉を潰して歌手引退になってしまったのが惜しまれますね...。

80年代末の日曜日の朝に「魔法少女ちゅうかないぱねま!」をみて島崎和歌子が気になる存在となったのが最後で、そ
れ以降はアイドルに対する関心が薄れてしまいました。

SATOSHINさんがおっしゃる通り、今はソロで活動するアイドルがほとんどいなくなってしまって寂しい限りです。
 

好きなアイドル

 投稿者:SATOSHIN  投稿日:2013年 1月10日(木)23時26分9秒
  とろりん村のとろりさま

私が最初にファンになったアイドルはフィンガー5でした。
アキラに憧れ、たえちゃんってかわいいな~なんて思ってみてました。
あとは天地真理・浅田美代子ですかね。
この辺りはは「時間ですよ」や「寺内貫太郎一家」の影響かもしれません。
男性ですが秀樹がすきでしたしね(笑)

麻丘めぐみの「私の彼は左きき」を聞いて左ききに憧れた時期もありました。
花の中三トリオでは桜田淳子が好きでしたね~
その後はピンク・レディーのミーちゃんの虜になり、
石野真子の八重歯にやられて70年代のアイドル史を終えます。

同郷のよしみでファンになった松田聖子。
そして初めてファンクラブというものに入りました。
オリコン・ウィークリーと出会ったのもこの頃でした。
明菜・キョンキョンもいいなーと思いつつも、
金八で一目惚れした伊藤つかさのファンクラブに入会。
土曜の朝は「モーニング・サラダ」を欠かさず見てました。
そしてこの頃「オリ通」デビューを果たしました。

その後は斉藤由貴にハマリ、その影響でカセットはAXIAしか買わなくなりました(笑)
岡田由希子・菊池桃子・酒井法子などを密かに応援しつつ、
当初は興味がなかったおニャン子クラブもW渡辺・後期の我妻佳代は好きでしたね。
伊藤美紀・仁藤優子のホリプロコンビも好きでした。
仁藤優子は友達にデビューイベントに連れて行かれました。
実家のどこかにサイン入りレコードがあるはずです。

そして80年代後半に宮沢りえ目当てで見ていた「スワンの涙」で和久井映見を発見。
その後の「愛しあってるかい!」で完全に虜になりました(笑)
それ以降はアイドルへの興味は薄れていきましたが、
チャート・マニアでもありましたので、
ランキングに入ってくるアイドルは一応チェックしてました。
最近はソロで活躍するアイドルが少なくなってちょっと淋しいですね。
 

 投稿者:とろりん村のとろりメール  投稿日:2013年 1月 9日(水)00時36分26秒
  ☆クジラ2号さま

よくご存知ですね!
いろいろ、参考になる情報を教えてくださり、ありがとうございました。

「見知らぬ世界」は、ザ・スウィング・ウエストのメンバー(マネージャー)だった人の作曲・作詞ですか。
なるほど、「見知らぬ世界」と「雨のバラード」には通底するものがありますね。

「見知らぬ世界」のオリジナルが湯原昌幸だとすれば、牧葉ユミのバージョンはナイスカバーだと思います。
カッコいいメロディラインに牧葉ユミのシリアスで、少し蓮っ葉な感じの歌唱がぴったりとマッチしていますね。

「見知らぬ世界」にあまりグループサウンズの香りがしないのは、スウィング・ウエストの音楽自体が「典型的な
GS」とは一線を画しているからでしょうか。

☆wishy-washyさま

こちらこそ、wishy-washyさんから過分なお言葉をいただき、恐縮することしきりです^^;;。

80年代のあの当時、「オリコン・ウィークリー」は、われながら相当、傾倒していた雑誌でしたし、ぼくの青春時代
の大きなエレメントの一つでした。バックナンバーは京都の実家に置いてきましたが、親が処分したりしてはいない
か、ちょっと心配です。

「オリコン通信」だけでなく、ぼくがかつて「随筆集」や、この掲示板に書き込んだ文章の中には、今読むと「悶絶」
しそうなものも少なくないのですが、やっぱりwishy-washyさんと同様の感情が働いて、結局のところそのままにして
あります^^。

ぼくも、ときどきwishy-washyさんのブログにお邪魔したいと思っておりますので、よろしくお願いいたしますm(__)m。
 

こんにちは

 投稿者:wishy-washy  投稿日:2013年 1月 8日(火)13時15分8秒
   wishy-washyです。

 過分なお褒めの言葉を戴きまして有難う御座います。とろりさんの様に歌謡曲に造詣の深い方に少なからず影響を及ぼした(?)だなんて、こちらこそ大変光栄に思います。

 私が70年代以前の歌謡曲をじっくり聴き始めたのはとろりさんよりもかなり後のことになるので、とろりさんのHPでいろいろ勉強させて戴いてます。最近また、とろりさんのお書きになった記事を久しぶりに拝見しているのですが、「川島恵は素晴らしい」とか、「桜田淳子の『はじめての出来事』の歌詞で、♪ついてきたが、の「が」が気になる・・・」とか、私も大いに賛同できる話が多くて思わず嬉しくなってしまいます。

 これまでは、とろりさんのHPを覗きっぱなしの「ノーレスポンス」で、こちらが情報を戴くばかりで申し訳なかったと思っています。今後は記事の感想(場合によっては有用な情報)などを少しずつ書いて行きたいと思いますので、どうぞ宜しくお願いします。

 ところで「悶絶・・・」の件は、私も同じですよ(爆)。先日、私の実家の押し入れから1982年から1990年くらいまでのオリコンがそのまま発掘されまして(苦笑)、さっそく自分の投稿を見てみたんですが。。。ハッキリ言って絶句状態(とろりさんならお分かりでしょう、この気持ち)でした。これって、単純な「若気の至り」というのとは、ちょっと違う感情なんですよね。「これはこのまま封印しておいた方がいいな・・・」という気持ちが強い一方で、やはり「オリコン通信」は当時の私のテリトリーをあまりに占め過ぎていた存在だったために、「処分」してしまうことはできないのです。

 それでは、今日のところはこの辺で失礼します。

http://ameblo.jp/wishy--washy/

 

見知らぬ世界

 投稿者:クジラ2号  投稿日:2013年 1月 6日(日)21時58分27秒
  ☆とろりん村のとろりさん
「見知らぬ世界」(作詞こうじはるか、作曲植田嘉靖)は好きな曲です。
こうじはるか というのは植田嘉靖さんの作詞の時のペンネームで
作詞、作曲同一人物ということです。

植田嘉靖さんはGSスイング・ウエストの初期の頃のリード・ギターを担当してましたが
途中からマネージャーに転向しました。
代わりにサイド・ギターだった染瀬トオルさんがリード・ギターにチェンジしました。
染瀬トオルさんは後に山本とおると改名しセッションギタリストとしてTVによくでていましたが、すでに亡くなられてしまいました。

「見知らぬ世界」のオリジナルは湯原昌幸さんで、彼のソロとしてのデビュー曲でした。
2枚目がヒットした「雨のバラード」です。
3枚目は「愛があれば」(作曲 筒美京平)で筒美コレクターとしては、押さえておきたい盤ですね。この3枚目のB面の「ある雨の日の思い出」(作詞こうじはるか、作曲植田嘉靖)もいい曲です。
湯原昌幸さんの「見知らぬ世界」も聞きたいですね。テイチク時代の音源を集めて
CD「湯原昌幸ゴールデン・ベスト・テイチク・イヤーズ」など是非とも発売して欲しいですね。
 

 投稿者:とろりん村のとろりメール  投稿日:2013年 1月 5日(土)20時21分5秒
  ☆wishy-washyさま

wishy-washyさんは謙遜なさいますが、ぼくにしてみれば、そうは感じません。

当時のぼくは、「オリコン通信」を一字一句洩らさず精読する「オリ通ビョー人」(←死語?)でしたから、そこに掲
載された投稿にインスパイアされて関心を持ったアイドルや曲も決して少なくありませんし、「独断と偏見のベストテ
ンコーナー」のような定番のコーナーならば、なおさらのことです。

むしろ、「オリ通」に採用されたぼくの投稿を思い出すと、恥ずかしさのあまり赤面して悶絶しそうになります^^;;。

それでは、本年も、何とぞよろしくお願いいたしますm(__)m。
 

少し遅れ気味のご挨拶になってしまいましたが、

 投稿者:wishy-washy  投稿日:2013年 1月 5日(土)11時57分6秒
   明けましておめでとうございます。

 「wishy-washyさんがぼくに与えた影響は、実はかなり大きなものがありまして…。」とのことで、それは大変光栄に思います。だけど、私がオリコンに掲載されたのはもっぱら「独断と偏見のベストテンコーナー」がメインでして、単なる「ウケ狙いのスチャラカ投稿者」でしたからねぇ。。。あ、そうか。とろりさんに影響を与えたのは、あの「バカ投稿」ではなくって私のペンネームってことですね。それなら腑に落ちました(苦笑)

 それでは、今年もどうぞ宜しくお願いいたします。
 

 投稿者:とろりん村のとろりメール  投稿日:2013年 1月 5日(土)03時51分41秒
  ☆近況のご報告

昨年末に行った作業。

1.「モナ・ムール!歌謡ポップスの掲示板」アーカイブズ(1)の大規模なメンテナンスを行いました。少しは見や
すくなったと思います。

2.「キャプチャー画像集」「随筆集」のトップページを少し、改良しました。

3.「とろりのアプリケーション for MacOSX」をこっそり始めましたが、役に立つアプリを紹介できる自信はあり
ません(冷汗)。

FacebookやTwitterに「モナ・ムール!歌謡ポップス」用のアカウントは持っていますが、使い方があまりよくわから
ないので、今後も、もっぱら当掲示板を利用していく予定です…。

☆SATOSHINさま、よっかーさま、クジラ2号さま

「あけまして、おめでとうございます」と申し上げたいところですが、昨年、母を亡くしましたので、そう言っていい
のかどうか、よくわかりません(汗)。

ともあれ、本年も、何卒よろしくお願いいたしますm(__)m。

☆よっかーさま

「ももいろクローバーZ」と言われましても、ぼくにとっては全く「見知らぬ世界」です^^;。昨年末の紅白歌合戦で初
めて彼女らを見たくらいですから、ほんとうにどうしようもありません。よっかーさんは、心が若いですね。

「やまがたすみこ」というのは、いいサジェスチョンをいただきました。彼女のLPは1stアルバムの「風・空・そして
愛」の他、何枚か持っていますが、この機会にベストCDを買っておこうかなと思います。彼女の透き通るような美し
い声には心洗われます。

☆クジラ2号さま

牧葉ユミの「見知らぬ世界」といえば、桜田淳子が「スター誕生!」で歌った曲だったと記憶しています。世間では、
どうも「冒険」や「回転木馬」の陰に隠れているような気がしますが、「見知らぬ世界」も名曲だと思います。牧葉ユ
ミのベストCDも、購入を検討します。

☆SATOSHINさま

ぼくにとっての「アイドル」は、天地真理・南沙織・麻丘めぐみに始まり、桜田淳子・山口百恵・森晶子の中3トリオ
を経て、伊藤咲子・神田広美・井上望などに至る70年代アイドル=「お姉さん世代」がまずあります。

そして、松田聖子・河合奈保子・柏原よしえ・岩崎良美や82年デビュー組に代表される80年代前半の「同世代アイド
ル」がいて、酒井法子・芳本美代子・おニャン子クラブといった80年代後半の「妹世代」があります。

ところが、90年代になると、急激にアイドルに対する関心が薄れてしまいました(われながら、不思議です)。たと
えば、島崎和歌子や田村英里子の曲はよく聴きますが、CoCoやribbonになると、たちまちわからなくなるんですよね^^。

そういうわけで、ぼくにとっての「アイドル」は70年代初頭に始まり、80年代末で終わってしまったことになります。
 

謹賀新年

 投稿者:クジラ2号  投稿日:2013年 1月 4日(金)22時02分1秒
  あけましておめでとうございます。

みなさま お久しぶりです。

このところ良く聞いているのは
東京チカチカ 加苗千恵(ビクター SV-6368 1978年)
スピックス・アンド・スペックス ビー・ジーズ(Polydor DP-1607)
エボーニー・アイズ 故ボブ・ウェルチ (東芝EMI ECR-20376 1977年)
ひとりあるき 高橋真梨子 (invitation VIH-6040 1979年)

☆よっかーさん
やまがたすみこさんのベストCDは買いました。
牧場ユミさんのCDは購入検討中。「見知らぬ世界」が聞きたいです。
 

明けました、おめでとうございました。

 投稿者:よっかー  投稿日:2013年 1月 3日(木)15時39分8秒
  ご無沙汰ですm(__)m

今年はもう少し参上するかと思います(^^ゞ
またよろしくお願いします。

古いヤツは古いのも好きなんですが、新しいものにも目が無いンでやんす。
昨年はももクロちゃん一色で過ごしておりました。
と、言いつつも「青山ミチ」「やまがたすみこ」「牧葉ユミ」のベストCDを、手に入れて悦んで聴いてます。
 

新年

 投稿者:SATOSHIN  投稿日:2013年 1月 2日(水)23時36分9秒
  とろりん村のとろりさま

新年あけましておめでとうございます。
今年もちょくちょく顔を出させていただきますのでよろしくお願いします。

やっぱり同世代アイドルの方が親近感が沸きますよね。
80年代後半だとちょっと妹感覚になりますね。
80年代後半に投稿していたネタは数は少ないですが、
そんな感じのものが多かったです。
 

♪♪

 投稿者:とろりん村のとろりメール  投稿日:2012年12月31日(月)00時02分35秒
  ☆みなさま

今年も一年、いろいろお世話になりました。
来年も、よろしくお願いいたしますm(__)m。

では、みなさま、よいお年を。
 

 投稿者:とろりん村のとろりメール  投稿日:2012年12月29日(土)22時11分46秒
  ☆SATOSHINさま

お返事がすっかり遅れてしまいまして、申し訳ありませんm(__)m。

ぼくが「オリコン通信」によく投稿していたのは80年代後半なんですけれども、80年代前半デビューのアイドルと80
年代後半デビューのアイドルを比較した場合、より思い入れの強いのは前者なんですよね…。

何というか言葉ではうまく表現できないのですが、80年代前半デビューのアイドルに対しては「同世代としての共
感」のような感覚をより覚えるのです。
 

すれ違い

 投稿者:SATOSHIN  投稿日:2012年12月16日(日)23時52分25秒
  とろりん村のとろり様

そうですね。80年代後半は何通かは採用された記憶はあるのですが、
ほとんど「すれ違い」だったでしょうね。

しかし、あの頃はよくハカギを書いたものだなぁと今では懐かしく思います。
 

 投稿者:とろりん村のとろりメール  投稿日:2012年12月14日(金)22時58分15秒
  ☆SATOSHINさま

ぼくが「オリコン通信」によく投稿していたのは80年代後半でしたから、SATOSHINさんとは、「すれ違い」
だったかもしれませんね^^。とはいえ、ぼくの投稿のうち、採用されたのは10通くらいだったと記憶していますが…。

☆wishy-washyさま

wishy-washyさんがぼくに与えた影響は、実はかなり大きなものがありまして…。おかげさまで、網倉一也作品を特に
注意して聴くようになりました。

ぼくが最も好きな網倉一也作品をただ一曲挙げるとすれば、「レディ直前」(柏原よしえ)。次点は、「I THINK SO」
(岩崎良美)となります。

網倉一也作品には(言葉で表現するのは難しいのですが)、何か「きらびやかなときめき」のようなものがあると感じ
ます。
 

オリ通同窓会状態?!

 投稿者:SATOSHIN  投稿日:2012年12月10日(月)23時02分14秒
  とろりん村のとろり様
レスありがとうございます。
多分私の全盛期(そう言えるほど採用されたわけではないですが^^)を過ぎた頃に投稿されていたんだと思います。
だいたい80年代の前半が私の投稿全盛期でしたから。

whisky-washyさん
はじめまして!
なんだか3人が同じ昭和40年生まれでオリ通に投稿していたという不思議な縁を感じますね。
シーボンクーインビル時代に投稿されていたということは同じ時期に誌面で共演していたかもしれませんね(笑)

 

何だかすっかり勘違いしていました。。。

 投稿者:wishy-washy  投稿日:2012年12月10日(月)22時15分17秒
  とろりん村のとろり様

 レスが遅れて・・・というよりも、何を勘違いしたのか、私は10/30のとろりさんのコメントに対して脳内でレスを済ませてしまったような気になっておりました。歳のせいか最近こういうことがしょっちゅうで自分がイヤになります。本当にどうもすいません。

 それにしても、とろりさんも昭和40年生まれとは。そして、すぐ下に登場された「SATOSHIN」様も、オリ通常連で同い年ですか・・・?んむぅ、偶然とはいえ、いったい何が起きてるんでしょうか・・・(爆)

 私は確か1985年に南青山の事務所に遊びに行って、治さんにお逢いした記憶があります。
 「六本木のシーボンクイーンビル」というのは、オリ通常連時代に宛先住所として散々書いたことを覚えているので、SATOSHINさんと時期がかぶっていますね。もしかしたらリアルでお逢いしたことがあるかも知れません(なぜか冷や汗)。

 それでは、今日の所はひとまずこの辺で失礼します。
 

 投稿者:とろりん村のとろりメール  投稿日:2012年12月 9日(日)22時13分16秒
  ☆SATOSHINさま

はじめましてm(__)m。

書き込みいただきまして、ありがとうございます。

ぼくが「オリ通」に投稿していた頃、オリコン・ウィークリーの編集部は南青山にあったような気がします。
京都から東京見物へ行った機会に編集部の住所へ行ったところ、ほんとうにマンションの一室だったので驚いた記憶が
あります^^。

結局、ドアの外から「見学」して、中には入らずじまいでしたが…。

この掲示板には以前、「いちよう」さんや、「今井まこと」さんからも書き込みいただいたことがありまして、
SATOSHINさんがおっしゃる通り、当時の投稿者として、あるいは愛読者として、「オリコン通信」の話ができ
たらいいなと思っております。

今後とも、何とぞよろしくお願いいたしますm(__)m。
 

はじめまして

 投稿者:SATOSHIN  投稿日:2012年12月 9日(日)00時12分59秒
  何度かこのHPを訪れたことはあるのですが、はじめて書き込みします。
実は私も「オリ通」に投稿していた一人でして。
もちろん今のHNとは違いますが(^^;
私が投稿をはじめた頃はオリ通の宛先は六本木のシーボンクイーンビルでした。
その後銀座のスキヤビルに移動した時、編集部にお邪魔したこともあります。
その時になぜか西さんにサインをいただきました。
またここでオリ通関係のお話ができればいいなと思います。
ちなみに私も1965年生まれです^^
 

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