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ペルテス病から7年経ちました。

 投稿者:はまちゃん  投稿日:2016年11月 8日(火)11時00分8秒
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  初めまして、私の息子は小学3年生の6月に発覚しました。少年野球の練習中、急に立てなくなったと連絡があり病院に連れていき、先生に「ここでは手のつけようがかありません。」と言われた日からが辛い毎日の始まりです。急遽入院し股関節の整服、両足を開いてのギプス固定。泣き狂う幼い息子…
療育園に入院し隣にある養護学校に転校、職員のかたが送迎してくださるという生活で、週末に外泊していました。両足ギプス、股が閉じないよう間に木で固定されていたため、車の乗り降りや抱き抱えるのが困難だったけど、息子がしがみついてくれてた感触は今でもはっきり覚えています。(母子家庭だったため私がしていました。)そんな生活を一年半、その後はポゴスティックに変わり元の学校へ戻りました。運動会で皆と同じ事をするのに、ポゴスティックで必死に走っていた姿も今でもはっきり覚えています。一年間ポゴスティックで生活後、松葉杖を数ヶ月使い、フリーで歩くことができました。活発な息子は少年野球に戻りたいと先生に聞き、少しずつならとオッケーが出ました。大好きな野球ができて生き生きとしていた息子、診察にいくたびに経過良好で、中学はクラブチームで野球、今現在高校一年生で寮に入り日々厳しい練習に取り組んでいます。

今思い出します。ペルテス病と診断された時のあの絶望感を…  病気の重さを知らず笑顔で話しかけてくる息子を見て涙がとまらなかったこと、これからのことを考えては涙がとまらなかったこと、どうして我が子がこんなことになったのかと悔やんで悔やんで床を叩いたこと…
でも、今思えばあの頃、生きていくことにただただ一生懸命で、あんな重たいギプスした息子を抱き抱えるのが全く苦痛でなかった。「大丈夫よ!母さんがついてるからね!」と、「どこでも連れていってあげるからね?」 と、変型車イスを作って色んな所に行きました。寮に入り息子が家にいなくなった今、あの頃が懐かしくおもいます。そして、息子と戦ったペルテス病は家族の絆を深めてくれたようにも思います。
そして何よりも、息子の心を強くさせてくれたようにも思います。病気が発覚して、私が泣きながら「野球するって言った時、母さんがやめるよう言えばこんな病気にかからんかったのにね」と言った時、「俺は野球やらしてもらわんより、野球して病気になった方がええわ?」と…    そして、ギプスをはずしたとき、ものすごい濃いいすね毛が生えてたのを見て「なんでこんな毛がはえとるんよ!かわいそうに…」と私が泣くと「かわいそうっていうなや!俺はこんなこと何ともおもってなーわ?」と…
そう言った息子を、今でもはっきり覚えています。

長々とすみません。ペルテス病との戦いは本当につらかったけど、ペルテス病が教えてくれたこともたくさんありました。治ってからこそ言えることだと思いますが、つい、色んな事を思い出してここに投稿してしまいました。最後まで読んでいただき、ありがとうございましたm(__)m
 
 
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