新着順:473/2257 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

越路吹雪

 投稿者:BL  投稿日:2008年 2月 1日(金)13時23分3秒
  通報
  ヒット曲歌手としての彼女の全盛期は恐らく1961年~1966年辺りではないかと思います。
この時代の曲はいずれも越路の代表作としてまず名前が挙がる曲が多く、「ビッグショー」「ミュージックフェア」でも結構プログラムに組み込まれていたようです。
・1961年「ラストダンスは私に」(→1963年後半~1964年にかけて再ヒット)
・1962年「芽生えて、そして」(「夢であいましょう」今月の唄)
・1962年?「じらさないで」(具体的な発表年は不明だが、たぶんこの時期の曲)
・1964年「サン・トワ・マミー」(ラストダンスに続くビッグヒット)
・1965年「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー」
・1965年「夜霧のしのび逢い」
・1965年「別離」
・1966年「夢の中に君がいる」
と、お馴染みのナンバーが立て続けに出され、軒並みヒットしています。これらのヒットを背景に、彼女は1970年代に入ると、テレビ・映画の世界を離れ、舞台の世界を軸に活躍をするようになりました。「日生劇場ロングリサイタル」もこの時期にスタートしましたよね(テレビ局に現存している映像が彼女に関しては少ないのはそういう点があったからなのかも。意外にも当時隆盛を極めていた「夜のヒットスタジオ」にも1回も出演してないらしいです。出るとしても「ワンマンショー」形式じゃないと出なかった)。

確か夫君の作「誰もいない海」も、トワ・エ・モアの曲として有名ですが彼女のヴァージョンもあり、1回この曲を歌っているテレビ番組の映像を見たことがあるんですが、やはり、表現力豊かだけあってトワ・エ・モアのそれが「静」とするなら、越路のヴァージョンは「動」といった雰囲気があり、またこれはこれで味わい深いもので、未だにそのシーンは印象に強く残っています。

歌唱力、という部分ではそれこそ上記のナンバーを出していた時代が一番秀逸で、その後は、加齢(当時既に四十路の半ばを過ぎていた)や愛煙家でもあったこともあり、声質とかに衰えがあったのは確かでしょうが、それをパフォーマンスや表現の仕方を変えることで見事に補った感がありますね。
 
》記事一覧表示

新着順:473/2257 《前のページ | 次のページ》
/2257